正しい躾の裏側に⑥
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正しい躾の裏側に⑥
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正しい躾の裏側に⑥
――子どもが社会で最初につまずく、たった一言
副タイトル
「挨拶は礼儀ではない。社会に入るための通行証だ」
① 導入|「挨拶なんて形式でしょう?」という油断
挨拶くらい、しなくてもいい。
気持ちが大事。
無理にさせるものじゃない。
そんな声を、
一度は聞いたことがあるかもしれません。
確かに、
挨拶は形式です。
心の中まで測るものではない。
でも、
だからといって軽く扱っていいものでもない。
なぜなら挨拶は、
人格の問題ではなく、
社会との接続の問題だからです。
② 中心の問い|なぜ社会は、挨拶を要求するのか
社会は、
いちいち人の内面を見ていられません。
優しいかどうか。
誠実かどうか。
信頼できるかどうか。
それらを、
短時間で判断する必要があります。
そのとき使われるのが、
挨拶です。
挨拶とは、
「私はここにいます」
「あなたを害しません」
という、最低限の合図。
好かれるためのものではない。
敬われるためのものでもない。
通行を許可してもらうための共通言語です。
③ 厳しさ|挨拶できない自由は、社会では通用しない
社会は、
挨拶をしない人を
「変わった人」だとは思いません。
「扱いにくい人」
「距離を取ったほうがいい人」
と判断します。
それは冷たい評価ではありません。
社会の安全装置です。
挨拶ができないというだけで、
チャンスが減る。
声がかからなくなる。
輪の外に置かれる。
これは差別ではない。
現実です。
そして残酷なのは、
その理由を
誰も説明してくれないこと。
④ 構造の話|子どもは「言葉」より「背中」を見る
「挨拶しなさい」と
言われた回数よりも。
親が、
誰に、
どんな態度で、
挨拶していたか。
子どもは、
そこをそのまま写します。
・無視する
・面倒そうに返す
・相手を見ない
その一つひとつが、
社会への向き合い方として
子どもの中に残る。
挨拶をしない親は、
教えていないのではありません。
「挨拶は不要だ」という姿勢を、
教えてしまっているのです。
⑤ 愛情の核心|礼儀は、子どもを守る鎧になる
礼儀は、
人格を縛るためのものではありません。
子どもを、
余計な衝突から守るためのものです。
挨拶ができるだけで、
敵が減る。
誤解が減る。
入り口が増える。
それは、
子どもが社会で
無駄に傷つかないための鎧。
親が渡せる、
一番軽くて、一番効く装備です。
⑥ 結び|小さな習慣が、人生の通行料を下げる
挨拶は、
道徳ではありません。
躾でも、
美徳でもない。
社会で生きるための、
最低限の技術です。
小さな一言を、
毎日積み重ねるだけで、
人生の通行料は、
確実に下がります。
挨拶を教えるとは、
「社会は敵じゃない」
と、体で伝えること。
それもまた、
大人が引き受けるべき
愛の形です。
格言
「挨拶は、人格ではなく通行証である。」
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RMA戦略家
岩根 央