エリート経営者が陥る負のループ③
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エリート経営者が陥る負のループ③
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エリート経営者が陥る負のループ③
正しさの先で、問いが戻ってくるまで
① 違和感が、先に来る
人は、
正解を出し続けるほど、
本当に自由になっていくのだろうか。
判断を任され、
決断を重ね、
期待に応え続けてきた。
気づけば、
迷うことなく答えを出せる自分が、
そこにいる。
ある日、
何気ない会話の途中で、
自分が同じ話を、
何度もしていることに気づいた。
結論も、
選択肢も、
過去に考えたものと変わっていない。
それは間違っていないし、
むしろ合理的だ。
けれど、
なぜか心だけが、
そこに追いついていなかった。
それは迷いではない。
失敗でもない。
ただ、
問いが更新されなくなったときに生まれる、
静かな違和感だった。
② それは、個人の問題ではなかった
ここで、ひとつだけ
はっきりさせておきたいことがある。
この違和感は、
あなたの性格の問題ではない。
能力の限界でもない。
むしろ逆だ。
正しさを求められる立場。
判断を任される立場。
誰かの失敗を引き受ける立場。
そうした場所に
長く立ってきた人ほど、
この感覚に触れやすい。
エリートという言葉は、
誇りであると同時に、
更新を許されにくい構造でもある。
間違えない人であること。
揺れない人であること。
答えを出し続ける人であること。
その期待に応え続けるほど、
問い直す自由は、
少しずつ後ろへ追いやられていく。
これは弱さではない。
構造が生み出した、必然的な重さなのかもしれない。
③ 抜け道を探さない、という在り方
多くの人は、
この感覚に触れた瞬間、
こう考え始める。
「どうすれば抜けられるのか」
「次の一手は何か」
けれど、
ここで急いで答えを探すこと自体が、
同じ円を、
もう一度なぞることになる場合がある。
仏陀は、
答えを配った人ではなかった。
問いの前に、
ただ座り続けた人だった。
哲学者たちは、
解決よりも先に、
問いの置き方を変えてきた。
抜け道を探さない。
すぐに結論を出さない。
問いを急がない。
それは停滞ではなく、
姿勢の転換だ。
この姿勢が生まれたとき、
思考の円は、
少しずつ歪み始める。
④ 余白に現れる、誰か
最近、
少し不思議な出会いがあった。
合理と即興を、
同時に語る人たち。
答えをくれるわけでもなく、
導くわけでもない。
ただ、
同じ問いを、
少し違う角度から眺めている。
その姿勢を見ていて、
ふと思った。
問題は、
答えの不足ではなく、
問いの向きだったのかもしれない、と。
彼らは何も説明しない。
けれど、
一緒にいると、
思考の呼吸が、
自然と深くなる。
そんな感覚だけが、
静かに残った。
⑤ 問いは、続いていく
もしかすると。
人生や経営が立ち止まるとき、
問題は外にないのかもしれない。
環境でも、
能力でも、
努力不足でもない。
あるのは、
問いの置き方だけ。
正解を出し続けてきた人ほど、
一度、
問いの前に立ち返る必要がある。
それは後退ではなく、
再配置だ。
答えを急がないという選択が、
次の一手を、
静かに連れてくることもある。
問いは、
まだ終わっていない。
そしてきっと、
ここからが本番なのだ。
格言
「強さとは、問いを持ち続ける覚悟である。」
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RMA戦略家
岩根 央