エリート経営者が陥る負のループ②

エリート経営者が陥る負のループ②

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エリート経営者が陥る負のループ②

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エリート経営者が陥る負のループ②

成功の先で、エリートという言葉が重くなるとき

人は、

正解を出し続けるほど、
本当に自由になっていくのだろうか。

判断を任され、
決断を重ね、
期待に応え続けてきた。
気づけば、
迷うことなく答えを出せる自分が、そこにいる。

ある日、
何気ない会話の途中で、
自分が同じ話を、何度もしていることに気づいた。

結論も、
選択肢も、
過去に考えたものと変わっていない。

それは間違っていないし、
むしろ合理的だ。

けれど、
なぜか心だけが、そこに追いついていなかった。

それは迷いではない。
失敗でもない。
ただ、
問いが更新されなくなったときに生まれる、
静かな違和感だった。

何かを成し遂げるたびに、

「次も期待される自分」が育っていく。

いつの間にか、
自分が、自分の肩に手をかけているような感覚になる。

そして、少しずつ静かに、
同じ景色をぐるぐると回っていることに気づく。

一見、前に進んでいる。
でも実は、
“思考の円”の中を周回しているだけかもしれない。

誰も責めていないのに、
なぜか「間違ってはいけない」と思う。
誰も頼っていないのに、
なぜか「弱音を吐けない」と思う。

そんなふうにして、
思考だけが先行し、身体が置いていかれる瞬間が増えていく。

これは、性格のせいじゃない。

能力のせいでもない。

それは、
**「正しさを背負う構造」**の中で、
誰にも見えない重さを一人で引き受け続けているから。

・判断を求められる立場
・責任を分け合えない立場
・誰かの期待と失望を受け止める立場

そのすべては、
尊敬されるべき強さだ。

でも、
だからこそ――立ち止まることが許されなくなる。

もしかしたら、
“強さ”とは、いつしか**「休めなさ」**と隣り合わせになるのかもしれない。

「どうすれば抜けられるのか?」

その問いに、今日は答えない。

答えよりも、
“姿勢”を見つめたいのです。

たとえば、
問いを置き直してみる。
正しさを脇に置いて、
ただ目の前の「違和感」に触れてみる。

仏陀も、哲学者も、アーティストも、
「答えがある」とは言わなかった。

彼らはただ、
“違う問いの見方”をしていただけ。

それだけで、
世界の形が、少し変わって見えた。

最近、
合理と即興を、
同じテーブルで語る人たちに出会った。

答えを与える人ではない。
導くでも、教えるでもない。

ただ、
“問いの角度”が、ほんの少しだけ違っていた。

それだけなのに――
自分の思考が、静かにほどけていくような感覚があった。

もしかすると、
人生や経営が行き詰まるとき、
問題は外にないのかもしれない。

あるのは、
問いの置き方だけなのかもしれない。

書籍の案内

『エリート経営者が陥る負のループ』
――これは、2026年元旦に執筆された、
東大卒の元行政マンと、まったく異なる人生を歩んできた“もう一人”の視点が交差する、
二人の対話と沈黙から生まれた、問いの書です。

名刺ではつながらなかった二人が、
“合理”と“即興”という異なる言語で、同じ静けさを見つけた瞬間。

このブログは、その序章にすぎません。

格言
「強さとは、問いを持ち続ける覚悟である。」

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RMA戦略家
岩根 央

岩根央

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