意識とはなにか
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意識とはなにか
私たちは今、「目が覚めている」と思っています。
しかし、それは果たして本当に“完全な目覚め”なのでしょうか?
意識とは、よく「脳の働き」と言われますが、もう少し正確に言うなら、脳内の神経細胞同士がどのように繋がっているか、その“ネットワークの状態”そのものが意識であるという説が、近年有力視されています。
それはちょうど、コンピューターで言うところのインターネットやP2P構造のようなもの。
つまり、一部の神経が働いているだけでは「情報のやり取り」は成立せず、
全体のネットワークが活性化してこそ、明晰な“自己認識”が立ち上がるというわけです。
夢の中の「ぼく」にも、確かに意識はある。
でも、その意識は
・論理が破綻していたり、
・時間や空間の認識が曖昧だったり、
・自分の言動さえ不可解なことがあります。
それでも夢の中の「ぼく」は、それが“現実だ”と思い込んでいる。
そして、そこにいる「ぼく」自身が**“おかしさに気づけない”**という事実。
これは、夢の中では神経ネットワークが一部しか機能しておらず、
意識はあっても“完成された意識”ではない状態だと考えられます。
しかも興味深いのは、
夢の終盤になり、だんだんと“目覚め”に向かうと、
「あれ?これは夢だ…」と気づける瞬間が訪れるということ。
つまり意識とは、段階的に“拡張”されていくものであり、
常に明確なON/OFF(二択)ではなく、グラデーションのように揺れ動くものなのです。
人生哲学者レン君の思索の時間
意識とは「光の粒」であり、
それは自己という深海にゆっくりと降り積もる。
そしてこう問いかけます。
今、目を覚ましていると思っている“あなた”は、本当に目覚めているのか?
私たちは日々、目を開きながらも、
“半分夢の中”で生きてはいないだろうか?
過去の刷り込み、固定観念、世間体、損得勘定――
それらに支配された「見えているつもりの世界」。
もしそれらから意識を解き放てたとき、
本当の目覚めが、そこから始まるのかもしれません。
本日の格言
「意識とは、“気づき”の階段である。
登るごとに、世界の色が変わる。」
このブログを読んだあなたが、
少しだけ“深い自分”をのぞき込む時間になりますように
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岩根央