「正しさ」を語る人が、なぜ人を救えないのか
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「正しさ」を語る人が、なぜ人を救えないのか
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愛する人と、愛せる人の決定的な違い|第二話
――「正しさ」を語る人が、なぜ人を救えないのか
正しいことを言っているはずなのに
正論を言っている。
間違ったことは言っていない。
むしろ、内容だけ見れば正しい。
それなのに、
なぜか場の空気が重くなる。
なぜか誰も救われない。
そんな光景を、
一度は見たことがあるはずです。
そして心のどこかで、
こう感じたこともあるでしょう。
「この人、正しいけど、
一緒にいたい人ではないな」と。
「出来た人」の言葉が空回りする理由
世の中には、
“出来た人”がいます。
理屈が通っていて、
知識もあり、
物事を俯瞰して語れる人。
でも、
そういう人の言葉ほど、
人の心に届かない場面があります。
なぜか。
それは多くの場合、
その正しさが「自分を守るため」に
使われているからです。
正しさを語ることで、
自分の立ち位置を確保する。
自分が上にいると証明する。
無意識に、
そうなってしまう。
真理を振りかざす人に共通するもの
真理を振りかざす人には、
共通点があります。
・自分はもう分かっている
・相手はまだ分かっていない
・だから教えてあげる
この構図です。
ここには、
上下が生まれます。
たとえ言葉が正しくても、
関係性の中に
距離と緊張が生まれる。
その瞬間、
正しさは
もう愛ではありません。
それは、
防衛と優位の道具です。
本当に出来た人は、語らない
本当に出来た人は、
驚くほど多くを語りません。
説明しない。
納得させようとしない。
自分の正しさを証明しない。
なぜなら、
真理は証明するものではなく、
滲み出るものだと
知っているからです。
出来た人は、
相手の段階を尊重します。
待てる。
沈黙できる。
相手が自分で気づく余白を残す。
それは、
強さです。
為にならない正しさ、為になる沈黙
為にならない正しさがあります。
それは、
相手が立ち上がる前に、
結論を渡してしまう正しさ。
一方で、
為になる沈黙があります。
何も言わず、
でも見捨てず、
関係だけを保つ沈黙。
愛せる人は、
後者を選びます。
なぜなら、
相手の成長を
自分の手柄にしないから。
⑥ 結び|正しさの先に立てるかどうか
正しさは、
大切です。
でも、
正しさの中に
居続ける限り、
人は愛に辿り着けません。
愛せる人とは、
正しさを手放した人ではない。
正しさの先に、
立てるようになった人です。
この違いは、
ゆっくり、
でも確実に、
人生に現れます。
格言
「正しさを語りたい間は、まだ愛の入口に立っていない。」
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RMA戦略家
岩根 央