自分を好きになれない人のために
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自己肯定感が低いままでも
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自己肯定感が低いままでも、生きていていい
――自分を好きになれない日のために(1)
「自己肯定感が低くて……」
いつの間にか、
それは一つの“欠点”のように
語られるようになりました。
高いほうがいい。
低いのは直したほうがいい。
放っておくと、人生がうまくいかない。
そんな空気が、
当たり前のように流れています。
でも、
ここで一度だけ、
立ち止まって考えてみたいのです。
自己肯定感は、本当に
“高くなければならないもの”
なのでしょうか。
自己肯定感は、
努力して身につける
スキルではありません。
トレーニングで鍛える
筋肉でもない。
本来それは、
点数をつけられるものでも、
人と比べるものでもありません。
それなのに、
私たちはいつの間にか、
こう思わされてきました。
・低い自分はダメ
・高い人は強い
・前向きな人が正しい
でもそれは、
とても乱暴な整理です。
人はみんな、
日によって、
状況によって、
心の高さが変わります。
下がる日があるのは、
壊れているからではなく、
生きているから。
何もできなかった日があります。
頑張れなかった。
前向きになれなかった。
自分を好きだとも思えなかった。
布団に入って、
天井を見ながら、
こんな声が浮かぶ。
「またダメだったな」
「自己肯定感、低すぎるな」
でもその日、
ひとつだけ事実がありました。
それでも、その日を生きていた
という事実です。
逃げなかったわけじゃない。
立ち向かったわけでもない。
ただ、
生きていた。
それだけのことなのに、
それは、
誰にも奪えない現実でした。
自己肯定感が低い日。
それは、
心が怠けている日ではありません。
むしろ、
感じすぎている日です。
疲れを感じている。
違和感を感じている。
無理をしていることに、
ちゃんと気づいている。
感覚が生きているからこそ、
簡単に「大丈夫」と
言えなくなる。
自己肯定感が低いという状態は、
自分を雑に扱えない、
ということでもあります。
それは欠点ではなく、
感度の高さです。
自己肯定感が低い自分を、
直さなくていい。
無理に好きにならなくていい。
前向きに変換しなくていい。
今日は、
自分を肯定できなくてもいい。
ただ、
自分を否定しなかった
それだけで、
十分な一日です。
自己肯定感は、
高めるものではなく、
手放さないもの。
低いままでも、
あなたは、
ちゃんとここにいていい。
高く飛べない日がある
自分を好きになれない夜がある
それでも
息をして
時間の中に
立っている
それは
弱さじゃない
生きている
という形だ
格言
「自己肯定感が低い日は、自分を手放さなかった日である。」
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RMA戦略家
岩根 央