父との別れと、沈黙の遺言
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父との別れと、沈黙の遺言
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家族の死を前に
第2章:父との別れと、沈黙の遺言
父の死を想うとき、
胸の奥で、どこか風のような音がするのです。
それは、言葉にならなかった想いが
まだそこに残っている証なのかもしれません。
母が「ぬくもり」だとしたら、
父は、どこか“遠くの存在”だったような気がします。
近くて遠い。
無口で、背中が語る人。
その父が、静かにこの世を去ろうとしている。
…言いようのない“喪失の風景”が、私の心に降りてきました。
父という存在は、不思議です。
「いてくれる」だけで、家庭に一本の柱が立ち、
その姿が黙って“人生の教科書”になっていく。
多くを語らず、感情もあまり見せず。
けれどその中に、
“守ろうとしていた何か”が、確かにあったのだと
今なら分かるのです。
男性という生き物は、
弱さを見せることが下手です。
そして、愛情を「不器用な形」でしか表現できない。
だからこそ、
父親との別れには、母とはまた違った“痛み”があるのです。
それは、“もっと話せたはずの時間”への後悔。
“もっと触れられたはずの心”への願い。
静かすぎる愛は、
その人がいなくなってから、ようやく響いてくる。
病室で、父はほとんど眠ったままでした。
呼吸のリズムだけが、かすかに命の光を繋ぎ、
その横顔は、どこか昔より穏やかに見えたのです。
私は、父の手を握りました。
あんなに大きく感じていた手が、骨ばって細くて、
それがたまらなく切なくて、涙がひとすじ落ちました。
父は目を開けませんでした。
でも――その手が、わずかに動いたのです。
…あれは、たぶん、握り返してくれたのだと思います。
言葉はいらなかった。
その“沈黙のやりとり”だけで、私はすべてを受け取ったのです。
怒られた日々。
遠くから見守ってくれた日々。
何も言わず、支えてくれていた時間たち。
それらが一気に、胸の奥に押し寄せて、
私は、父の「声なき遺言」を、確かに感じていたのです。
「愛しています」なんて、
父の口から聞いたことはありませんでした。
けれど、
働いて疲れた手。
家計の心配をしていた背中。
いつも遅れてやってきた誕生日のプレゼント。
あれは全部――愛でした。
不器用で、遠回りで、でも誰より真っ直ぐな。
人はきっと、
誰かの愛を「完全な形」で受け取ることはできないのかもしれません。
でも、亡くなって初めて、
その不完全な優しさのすべてが、
どれほど豊かで、あたたかいものだったかを知るのです。
そして私たちは、
「言葉ではない愛」を学ぶ。
父から教わったものは、
何ひとつ声にならなかったかもしれない。
けれどそれは、
今も私の中で静かに生きているのです。
「ちゃんと伝えたかった」
「もっと話しておけばよかった」
そんな想いを抱えてしまう人は、多いでしょう。
でも大丈夫です。
あなたの“想い”は、ちゃんと届いています。
そして、あの人の“愛”も、ちゃんとあなたの中に根を下ろしているのです。
別れは、喪失ではありません。
それは、「愛のかたちの変容」。
目には見えなくなっても、
父の存在は、ずっと、あなたの“背中”を支えてくれているでしょう。
だから、どうかその背筋を、今日もすこしだけ伸ばしてみてください。
あなたの歩くその先に、
きっと父は――光のように、そっと佇んでいるはずです。
格言
「父の愛は、音のない祈りである。」
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RMA戦略家
岩根 央